第七章

七

「おりがみ」のことをむかし、「たたみ紙がみ」と言いいならわした時期じきもあった。

　推古天皇すいこてんのうの時代じだい（西暦せいれき６００年頃ねんごろ）に、中国ちゅうごくで紙かみを造つくるる術すべが確立かくりつして四五百年しごひゃくねんもたってから、高麗こうらいの僧そう、曇徴どんちょう（どんちょう）が初はじめて日本にほんに紙かみの造つくり方かたを伝つたえた、

というふうに学校がっこうでも習ならったが、日本にほんの国くにがどんどん形成けいせいされてきて、法律ほうりつを定さだめたり、戸籍簿こせきぼを整せいり理したり、仏教ぶっきょうの経典けいてんを書かき写うつすなど、大量たいりょうの紙かみの需要じゅようを満みたすためには、先進国せんしんこくから学まなぶだけでなく、自分じぶんの国くにに適てきした自みずからの技術きじゅつの開発かいはつが急いそががれた。
　そんな状況じょうきょうの中なかで、実じつにユニークな、「流ながし漉すき」がわが国くにで発明はつめいされるが、この流ながし漉すきを可能かのうにしたのが、「とろろあおい」とか「のりうつぎ」などの植物しょくぶつの粘液ねんまく「ネリ」の発見はっけんで、これらによって柔やわららかく、薄うすく、強つよく、きめ細こまかい、つやのある「和紙わし」が誕生たんじょうするのである。

　一方、ヨーロッパでは別べつの大発明だいはつめいが、紙かみそのものの発明はつめいからずっと遅おくれて、実じつに十八世紀じゅうはっせいきにはいった頃ころ、一人ひとりのフランス人じんの、ふとした観察かんさつがもとで実現じつげんした。

ダニューブの森もりを散歩さんぽしていたレオミュール氏しが、木の枝えだに蜂はちの巣すを見みつけ、蜂はちが木きの皮かわを噛かみくだいて、それを粘液ねんえきで固かためて巣すを作つくっているのに目めを着つけ、これが木材もくざいパルプの造つくり方かたを発明はつめいする足あしがかりとなった。

　木材もくざいパルプを原料げんりょうとした「洋紙ようし」はやがて、印刷技術いんさつぎじゅつの改革かいかく、書籍新聞雑誌しょせきしんぶんざっしなどの情報産業じょうほうさんぎょうの発達はったつに比例ひれいして、大量生産たいりょうせいさんを武器ぶきに、たちまち世界せかいに広ひろまり、わが国くにでも明治めいじからあと急速きゅうそくに和紙わしが洋紙ようしに取とってかわられた。

　和紙わしが駆逐くちくされたもう一ひとつの理由りゆうに、「にじみ止どめ（サイジング）」の改良かいりょうが上げられる。和紙わしにも「どうさ引びき」という、にじみを止とめる手法しゅほうがなくはなかったが、もともと書かく側がわの墨すみに「にかわ」を使つかい、ある程度ていど字じのにじみを押おさえており、その上うえ日本人にほんじんの美的感覚びてきかんかくが、自然しぜんに打うち勝かつより、共生きょうせいしようとするところから、多少たしょうのにじみ、かすれを自然しぜんのままに残のこしておこうとする感性かんせいが優位ゆういに働はたらいた。これが西洋文明せいようぶんめいの徹底てっていした合理主義ごうりしゅぎの前まえに、和紙わしが一歩いっぽ退しりぞいてしまうのである。

　しかしこの、欠点けってんと見みえる自然体しぜんたいの心こころこそ実じつは、独特どくとくの個性こせいある文化ぶんかを生うんだ日本人にほんじんの心こころで、紙かみの利用りようについても、書かく、印刷いんさつするための用具ようぐとしてだけでなく、包つつむ、畳たたむ、折おると、紙かみの自然しぜんのままの可能性かのうせいを追おいもとめてきたのである。

　最初さいしょにもふれた、桑名くわな（現在げんざいの三重県みえけん）の魯縞庵義道ろこうあん　ぎどう（ろこうあん　ぎどう）という人ひとが著あらわしたといわれる「千羽鶴折形せんばづるおりかた」は、一枚いちまいの方形紙ほうけいしに切きりこみを入いれ（切きりおとすのではない）複数ふくすうの「おりづる」をくちばし、はね、しっぽのいずれかの先さきでつながったまま、あるいは胴体どうたいどうし、羽根はねどうしでくっつき、背中せなかに子鶴こづるを乗のせ、親おやの羽根はねの下したにかくまうさまに折おりだす方法ほうほうを４９種しゅも考かんがえて、その作品さくひんの折おり図ずを紹介しょうかいしたものである。これも、和紙わしなればこそ実現じつげんした作品さくひんで、ねばりを取とりのぞいてしまった洋紙ようしでは、とても折おりきれない紙かみの魔術まじゅつといえる。

２００６年　川村　晟　著